三国志演义(全三册)
罗贯中
评分 0.0分
三国志今注今译
苏渊雷
评分 8.6分
本书的撰写旨在帮助读者读懂《三国志》原文,注释和翻译一律使用现代汉语。 本书原文以中华书局标点本为准,段落、标点也基本上依照不变。但对“标本点”有明显错误的文字、标点,或径直改正,或在注释中略加说明。 为方便读者,本书将原文中的繁体字、异体字全部改为简化字。通假字则不改,只在注释中加以说明。 注释以卷为单位,卷内同一注目力避重复,但各卷之间不避重复,以免读者翻检之劳。
三国志
[晉] 陈寿 (撰), [宋] 裴松之 (注)
评分 9.3分
《三国志》(精)与《史记》、《汉书》、《后汉书》并称为“四史”。作者陈寿,以其史识及叙事能力,在当时已有“良史之才”的称誉。 《三国志》在二十四史中,有它自己的特点,它既不像《史记》那样的通史,也不像《汉书》一类史书那样的断代史,它平行地叙述东汉末年魏、蜀、吴三国鼎峙的史实。虽然名之为“志”,但是书里面只有纪和传,没有志。 本书是裴松之的注释本。从现代人的角度论,裴注不单单是陈书的助读 “功臣”,
白话三国志(全六册)
陈寿 (撰), 曹文柱/柯彦/建新 (主编)
评分 9.1分
三国志辞典
张舜徽
目录 题辞 前言 凡例 索引检字 词目索引 正文 附录:三国年表 三国世系表 三国时期全图(选自谭启骧主编《中国历史地图集》
三国志集解
卢弼
评分 9.7分
《三国志集解》由民国卢弼编纂,是目前关于《三国志》的最详细注本,为解决读者需求,中华书局根据1957年古籍出版社的排印本影印出版,于1982年12年印制第一版,印数仅数千册,仍难以购得,2006年4月,中华书局第二次印刷,印数约一万册。
三国志校笺
赵幼文, 陈寿
评分 9.5分
三國志02
橫山光輝
评分 8.1分
三國志01
评分 7.7分
(全60冊)透過筆鋒精彩、劇情曲折的大師級漫畫,讓您了解三國時代的風雲人物,如何運籌帷幄、決戰於千里之外!最具歷史價值的漫畫鉅作!
《三国演义》《三国志》对照本(上下)
罗贯中, 陈寿, 许盘清, 周文业
评分 9.2分
由于《三国演义》是基于史料加工而成的历史演义小说,所以一问世就有人研究它到底有几分真,三百多年来最权威的说法是章学诚的“七实三虚”,已被大部分学者接受。近年来,在虚实问题上,先後出版了盛巽昌的《三国演义》(补正本)和张国光的《三国演义》(文史对照插图本)。 最近终于将传记本的《三国志》改成编年史的《三国志》,并完成了《〈三国演义〉〈三国志〉对照本》。 该书的排版方式为:左边是《三国演义》,右边为裴
三国志 45巻
横山光輝
呉に大敗を喫し、白帝城に逃げこんだ玄徳は、孔明に後事を託して没した。劉禅が皇帝の位につくと、魏の曹丕は五路から蜀攻めを企てる。孔明はすでに四路からの攻撃に手を打っており、劉禅を安心させる。残る一路、呉との国交回復の使者に抜擢されたトウ芝は、死も覚悟の上で呉へ赴く。孫権は鼎の中で油を煮えたぎらせ、使者の到着を待っていた。
三国志 44巻
亡き父の仇討ちに馳せ参じた関興と張苞の活躍により、蜀軍は連戦連勝を続けた。怒涛の勢いで迫ってくる蜀軍を前に、孫権は張飛の首を持って逃げこんだ二人の武将を送り返して、玄徳の怒りを抑える。玄徳は仇討ちをすべて果たした後も和睦に応じず、勝ちに乗じて呉を進撃した。孫権は呉の危急存亡に際し、陸遜を大都督に抜擢する。
三国志 43巻
玄徳は関羽を見殺しにした劉封と孟達に処分を下した。親友の彭義が謀反の罪で処刑されたことを知った孟達は、蜀を裏切り魏に走った。重臣達の画策により曹丕が魏皇帝に即位すると、漢朝再興を願う玄徳は蜀皇帝となり、魏に対抗。さらに玄徳は孔明の反対を押しきり、呉進攻を開始。だが行軍を続ける玄徳のもとに張飛の悲しい知らせが届く。
三国志 42巻
呉に荊州を落とされた関羽は、麦城へ逃れた。劉封と孟達は援軍を送らず、関羽を見捨てる。呂蒙の罠にかかった関羽は捕らえられ、最後の拠点・麦城も落とされた。玄徳はただちに出陣して関羽の仇討ちを果たそうとするが、孔明に諌められて思いとどまる。洛陽に凱旋した曹操は頭痛とめまいがひどくなり、天下の名医華佗の診察を受ける。
三国志 41巻
魏と呉は手を結び、蜀に一大勢力を築いた玄徳に対抗してきた。関羽は秋の長雨を利用し、襄江の堰を切って魏軍の樊城を落とした。この隙をねらった呉の呂蒙は、荊州攻めをかってでる。関羽の万全の備えに頭を抱える呂蒙に、無名の陸遜が関羽を油断させる策を進言する。陸口の司令官にその陸遜が就任、関羽は侮るが……。
三国志 40巻
陽平関で蜀軍に取り囲まれた曹操は窮地におちいるが、駆けつけた次男の曹彰に救われた。曹彰の登場によって逆に士気を高めた蜀軍は、魏軍を徹底的に追いつめていった。進退きわまった曹操は漢中撤退の時期を誤る。漢中平定にこぎつけた玄徳は漢中王を名乗り、諸将らを喜ばせた。これを黙視できない曹操は、呉の孫権に急接近する。
三国志 38巻
卜聖の予言を信じた曹操は、クーデター計画を未然に防いだ。蜀では、曹洪率いる魏軍が蜀への進攻を狙っていた。功名心にはやる張コウは、張飛の守る巴西へ出陣する。張飛は連日酒盛りを続け、張コウを油断させる。張飛の策にかかり張コウは惨敗、瓦口関へ逃げこんだ。瓦口関への正面攻撃をあきらめた張飛が思いついた策とは……。
三国志 37巻
曹操の漢中平定に脅威を感じた孔明は、荊州三郡返還と引きかえに、呉に合肥を攻めさせる。呉軍は逍遥津の合戦で惨敗したものの、百騎の奇襲戦で曹軍に打撃を与えた。だが魏と呉の総力戦は決着がつかず、孫権は和睦の使者を曹操に送った。都に帰った曹操は魏王と称し、魏王宮を建設。孫権が贈った蜜柑と共に、左慈と名乗る奇怪な老人が現れた。
三国志 36巻
玄徳の蜀平定により、魏・呉・蜀の三国が形成された。一向に荊州を返そうとしない玄徳に腹をたてた孫権は、孔明の兄・諸葛瑾を蜀にさし向けた。だが荊州を守る関羽に要求をかわされる。許都では帝の曹操討伐計画が発覚、皇后を処刑した曹操は、自分の娘を帝に押しつける。勢いにのって曹操は、蜀の扉・漢中攻略にのりだす。
三国志 35巻
玄徳は、敵の誘引の計にかかり危機におちいっていた。だが、張飛が運良く駆けつけ、玄徳を救い出した。孔明は名将・張任を金雁橋で討ち、要害・ラク城をついに落とす。降伏を拒否した劉璋は、漢中の張魯に援軍を乞う下策に出た。張魯は援軍の将に馬超を任命、曹操に敗れ漢中に身を寄せていた馬超が再び立ち上がった。
三国志 34巻
張松の玄徳宛ての密書が劉璋の手に渡った。玄徳は劉璋に命を狙われるが、これを逆手にとってフ城を奪る。劉璋は五万の兵をラク城に送った。戦いの最中、孔明から玄徳に忠告の手紙が届いた。孔明に信を置く玄徳の態度にホウ統は反発、積極策を進言する。玄徳軍は二手に分かれて進撃を開始。落鳳坡に向かったホウ統は……。
三国志 33巻
玄徳は帰国途中の蜀の使者・張松を歓待した。張松は西蜀四十一州図を玄徳に贈り、帰国後主君の劉璋に玄徳救援を説得する。張松の尽力によって蜀での建国を決意した玄徳は、遠征軍を率いて蜀に入る。臣下達は宴席で劉璋を討とうと謀るが、玄徳は決断をくだせない。そのうちに漢中の張魯が蜀を攻撃、玄徳は葭萌関へ出陣する。
三国志 27巻
赤壁の戦いに勝ち勢いにのる呉軍は、南郡攻略を開始した。周瑜は出陣を前に、玄徳のもとへ赴き、呉より先に南郡を取るなと釘を刺す。呉軍は夷陵城に閉じこめられた甘寧救出に向かい、曹軍に打撃を与える。曹軍の諸将は命からがら南城に逃げこんだ。南城を包囲され、切羽つまった曹仁は、曹操が万が一の時にと記した一巻の秘策の書を開く。
三国志 26巻
曹操の大艦隊に圧倒された周瑜は、戦旗が当たったことを口実に寝込んでしまう。周瑜の不安を察した孔明は、火計を用いるには東南の風が必要だと説く。孔明は祭壇にたち、風を祈る。東南の風を呼び起こした孔明は、周瑜のもとを去り、敗走してくる曹操を迎え討つ準備を整える。周瑜率いる呉軍は火攻めの計で、曹操に一大決戦を挑む。
三国志 25巻
周瑜を呉軍から骨抜きにしたい曹操は、周瑜の旧友・蒋幹を送りこんだ。しかし周瑜は、蒋幹を利用して、曹操に水軍提督・蔡瑁を殺させた。孔明がこの謀略を見抜いていることを知った周瑜は、孔明に十日で十万本の矢を作るよう無理難題を吹っかける。孔明は三日で“作る”と宣言し、ワラ人形を積んだ船を出して曹操の陣に夜襲をかけた。
三国志 24巻
曹操と孫権の開戦を望む孔明は、単身呉に赴いた。降伏を主張する呉の重臣たちを相手に、孔明は大論陣を張る。決断を迷う孫権は、水軍提督・周瑜にすべてを委ねる。周瑜のもとを訪れた孔明は、巧みな心理戦で周瑜を動かし、開戦へとこぎつける。孔明の慧眼と知慮に恐れを抱いた周瑜は、孔明殺害の機会をひそかに狙い始める。
三国志 23巻
私情にとらわれ荊州を奪えない玄徳は、新野を焼き払い、進撃してきた曹軍に多大な被害を与えながら逃げた。玄徳と孔明は、難民を連れて襄陽についたが、城内で同士討ちがおきたのを見て、江陵へ進路を変える。荊州城に入った曹操は、玄徳追撃を命じる。長坂で曹軍に追いつかれた玄徳軍に、趙雲が寝返ったとの報告が飛びこんでくる。
三国志 18巻
曹操と袁紹の戦いが始まった。曹操はまき餌の策を使い、袁紹軍の指揮官文醜を深入りさせる。顔良に続き文醜を討った関羽は、曹操への義理を果たす。玄徳が袁紹のもとにいること知った関羽は、立ち去る準備を進める。だが曹操は避客牌をかけて、関羽にいとまごいをさせない。一日でも早く玄徳に会いたい関羽は、力づくで五関を突破する。
三国志 17巻
曹操毒殺計画が発覚した。曹操は計画に加担した一族郎党すべてを斬殺。徐州にいた玄徳にも兵をさし向ける。玄徳は袁紹を頼るが、袁紹は子どもの病気を理由に兵を出さない。張飛の提案した奇襲作戦も失敗し、玄徳は徐州を追われ流軍となる。ひとり下ヒを守りぬいていた関羽は、3つの条件を曹操に飲ませて軍門に降った。
三国志 16巻
偽帝袁術を討った後も、玄徳は徐州にとどまり、曹操から借りた兵を返さなかった。業を煮やした曹操は車冑に玄徳暗殺を命じた。しかし玄徳に味方する陳父子の知らせにより、関羽と張飛が独断で城に乗り込み、車冑の首をはねた。曹操を完全に敵に回した玄徳は、一通の手紙を送り、袁紹に兵を出させた。対する曹操は……。